公正取引委員会は,2003年7月14日に「いわゆる「ノンアルコール飲料」の表示の適正化について」(PDF)という文書を出し,「『ノンアルコール』という表示は,アルコールがまったく入っていないと消費者に誤認させるおそれがある」として,表示の適正化を酒造・酒販業の各種業界団体に対して要望しました.
この問題の背景には,ノンアルコールビールの販売が増えるにつれ,「アルコール分が1%未満の飲料でも,たくさん飲んで運転すれば酒酔い運転になる可能性がある」「未成年者がノンアルコールビールを飲んでも法律違反ではないが,アルコール分が0%ではないのに子供への影響はないのか」という声があがってきたことがあります.
「『ノンアルコール』といっても,運転には注意」という記事は各種媒体にたくさん出ています.また,京都新聞の2003年2月19日付の「どうする? ノンアルコール飲料 大津 コンビニ店主ら扱い協議」という記事では,ノンアルコールビール等をコンビニで未成年者に販売していいか,という問題がとりあげられています.記事によると,店主らの協議では結論は出なかったそうです.また,日刊スポーツの2003年6月1日付の記事では,北海道室蘭市で中学生がノンアルコールビールで「酒盛り」を開き学校から注意を受けた,という事件も報じられました.
公正取引委員会がこのような要望を出したのと前後して,国産のノンアルコールビールからは「ノンアルコール」という表現がなくなっています.このことは,以下の記事で報じられています.
しかし,「ノンアルコールビール」等の中には,バービカンやGrolsch Special Malt, Holsten non-alcoholicなどのように,アルコール度数0.1%以下のものもあります.0.1%程度のアルコールは天然果汁にも含まれていますから,これらは「真の」ノンアルコールビールといえます.それにもかかわらず,上記新聞記事や「バービカン」のページに書いてあるように,バービカンの缶やサイトから,「ノンアルコール」や「ドライブに」といった表示は消えました.
※天然果汁のアルコール含有量については,独立行政法人農林水産消費技術センターの「新食品ウォッチング」第9回(1993年7月)・「ノンアルコール飲料」という記事にデータがあります.
私は,アルコール度数の違いを考えず,「アルコールが入っていないわけではない」と一律に規制してしまうのはおかしいと思います.要は銘柄を選ぶときにアルコール度数をきちんと把握すればよいことで,それは飲む人の責任なのではないでしょうか.そのために,このサイトでも,各銘柄にアルコール度数を表示しています.また,私が以前住んでいた家の近所の居酒屋「八剣伝」では,扱っている3種類のノンアルコールビールについて,それぞれのアルコール度数と,飲んだ後運転する場合の危険性を表示しています.
また,このような混乱の原因は,結局,「酒とは何か」の定義がはっきりしていないところに,酒と酒でないものの境界線上の飲み物が普及してきたことにあります.道路交通法や未成年者飲酒禁止法では,「酒を飲んで運転してはいけない」や「未成年者は酒類を飲んではいけない」とは言っていますが,酒とは何かは定義されていません.酒税法では「アルコール度数1%」以上のものが酒と定義されているのはよく知られていますが,一方で関税定率法別表(関税率表)ではアルコール度数0.5%以上1%未満のビールは通常のビールと同じ税率が適用されています(税関ホームページの「品目分類情報」で「ビール」「ローアルコールビール」を検索してみてください).「酒とは何か」を,法律できちんと決めるべきではないでしょうか.
ところで,今回の公取委の要望の背景には,消費者団体からの声があることが,上記の記事でも報じられています.たとえば,この記事で出ているアルコール薬物問題全国市民協会の公正取引委員会への申告の内容は,このページに出ています.
この申告書では,「ノンアルコールビール」以外に,「カクテル炭酸」や「運転CHU」などのお酒「風」飲料も批判の対象にしており,「アルコールが入っているかどうか」を問題にしているのではなく,たとえアルコールが入っていなくても,酒「のようなもの」を「酒ではない」といって売っていることや,未成年者が堂々と飲めることを問題視しているようです.同種の見解は他にもあって,エフシージー総合研究所の「くらしの安全情報室」のコラム「くらし恵めし」の,第590回「プロは飲まない」というプロドライバーの飲酒運転問題を取り上げている記事(2002年7月8日)では,
法的には何ら問題ないにしてもだ、「ノンアルコールビールだからいくら飲んでも大丈夫ですよ」と運転手が言ったとしたら、あなたはその運転手を信用して安心することできるだろうか?そんなビールにこだわるとは何かあるんじゃと疑うのが普通だろう。
という記述があります.
しかし,この問題は,「微量でもアルコールが入っているのだから,ノンアルコールの表示を規制する」こととは別問題のはずです.「お酒『のようなもの』を売ってはいけない」というのなら,含有アルコール分の問題と一緒にせずに,そのこと自体を議論するべきではないでしょうか.
この件については,「脱アルコール酒随想」のコーナーにある「本当に「ノン」アルコール?」,「逆風」という記事にも書いているのでご参照ください.
なお,このサイトのタイトルである「脱アルコール酒」という言葉は,私が「醗酵過程を経て製造された,アルコール度数1%未満の飲み物」と定義して使っています.上の「逆風」にも書きましたが,「脱カフェイン(decaffeinated)コーヒー」がカフェインを全く含まないわけではないのと同様に,「脱アルコール(dealcoholized)ビール」は「完全にアルコールを除いたわけではないが,かなりの程度アルコールを除いている」という意味を表せるのではないかと考えています.
「脱アルコール酒」という言葉は,広まってくれると私としてはうれしいですが,一般的なものではありません.したがって,「ノンアルコールビール」「ノンアルコールワイン」という表現は,それらが一般的に使われている限り,このサイトでも使いつづけるつもりです.
[追記]その後,ネット上の記事で以下のようなものを見つけました.
[追記]質問サイト「NAVER知識plus」の「中学生がノンアルコールビールを飲むと?」という質問で,当ページにリンクされていました.(2005. 4)